その7 時価発行信託型ストックオプション

時価発行ストックオプションの信託は荒業か?

ここ最近、「新株予約権を時価発行して信託する」というものが流行っているようです。いくつかのコンサルティング会社などがそれぞれ商品名を付けて販売しています。

 

この短いコラムの中ですべてを説明するのは困難なのですが、がんばってざっくりと説明してみます。

 

誰にどれだけ付与するかは後日でよい

通常、ストックオプションを発行する際には、その発行時に、①誰に、②どれだけ、③いくらで割り当てるかを決めますね。ところが、信託型の時価発行ストックオプションは、これらのうち①と②を未定のまま、③だけを決めて発行できちゃうというすごいものなのです。

 

将来入社してきた役職員に付与するとか、今いる人だけど将来のパフォーマンスにより、後日どれだけ割り当てるかを決めるとかができるわけで、通常のストックオプションが過去の貢献に応じて付与するのに対して、このストックオプションは、将来の貢献に対して、あらかじめインセンティブを用意しておけるということになります。

 

有利な条件を先に決めて保存しておく

ストックオプション自体は通常の有償ストックオプションと同じです。したがって、課税関係も同様に、行使時非課税、売却時にキャピタルゲイン課税です。

では、付与者が決まっていないのにどうやって発行するのかというと、それが信託です。通常、顧問税理士の方などを信託者としてまとめて発行し、プールしておきます。

その後、任意のタイミングで本当に付与したい人に対して、予約権を交付します。この後の流れは、通常の有償ストップオプションと同様です。

この仕組みの最大のメリットは、実際の交付よりも早いタイミングで交付条件(発行価格)を決めておけることです。順調にいけば、この発行から交付までの間に、IPOが入りますので、実際にはこの時間的なタイミング以上に、価値の変動は極めて大きなものになります。

従来型のストップオプションでは、実際の交付のタイミングに合わせて発行しますので、当然にその時の企業価値(=株価)につられて行使価格も高くなってしまいます。これを打開できるのが信託型ストップオプションというわけです。

 

コンサルフィーに要注意

ここまで述べると、ほんとにいいこと尽くめのように聞こえるかと思いますが、ネガティブな面も述べておきます。それは、法務的にグレーな点です。実際にこの仕組みを使ってIPOを果たした企業はたくさんあります。したがってクロでないことは確かです。しかし真っ白でもないため、クロでないことを十分に説明し尽くす必要があります。そのため、コンサルティングフィーや弁護士費用が莫大なものになってしまう点には注意が必要です。通常の有償ストップオプションの手数料の5倍~10倍程度は覚悟しておく必要があるでしょう。

 

法的にグレーなことは登場人物にも顕れます。信託先は顧問税理士がなることが多いと述べましたが、普通、信託業務って信託銀行の独壇場ですよね。なぜやらないか、それは法的リスクが高いからです。

 

これらのことをよく理解したうえで、導入の是非を検討されることをお勧めします。

 

やはり税務リスクが顕在化した!

2023年5月29日、国税庁は、この信託型有償ストックオプションについて、権利行使時の行使益を給与として課税するとの見解を示しました。ついに、恐れていた税務リスクが顕在化してしまったわけです。

これまで、ストックオプションの権利行使時には課税関係は発生せず、売却時に初めてキャピタルゲイン課税(20.315%)が発生すると解釈していましたが、国税庁の見解では、権利行使した段階でその役員・従業員は時価相当額の株式をまるまる受贈されるのであるから、給与所得に該当するというものです。給与所得ですから、所得税・住民税合わせて最大で55%の累進税率が課されます。

現金収入がないにもかかわらず、多額の税金が発生するとなると、権利行使した本人のキャッシュフローが回らないばかりでなく、給与所得ということになれば、会社側の源泉徴収義務、社会保険料の納付など様々な問題が出てきます。日本経済新聞の調査によれば、追加の納税額が10億円にも達する新興企業もあるようで、過年度決算の遡及修正など、大変なことになりそうです。

なお、通常の有償ストックオプションはこれまでの解釈通り、権利行使時の課税関係はありません。なぜこのような違いが生じるのでしょうか。それはストックオプションの権利取得時(付与時)に本人が金銭を支払っているかどうかです。通常の有償ストックオプションは、低額とはいえオプション料を支払います。これに対し、信託型では、付与者が決まっていないわけですから、本人は支払っていません。ここが大きな違いです。