その5 株式の移転方法

名義書き換えではなく「売却」になる

資産管理会社の設立が完了したら、次は創業者自身が個人で保有している株式を資産管理会社に移す必要があります。「移す」といっても、単に名義を書き換えるわけではなく、税務上は、個人から資産管理会社への株式の「売却」の扱いになります。

「売却」という扱いになるということは、①実際の資金を用意する必要と、②売却益に税金がかかる、という2つの課題を克服する必要があります。

 

売却資金の実際の受け渡しが必要

仮に、時価10億円相当の株式を資産管理会社に売却する場合を考えてみましょう。創業者は、資産管理会社に対して自己の保有する株式10億円相当を譲渡します。そして、資産管理会社は、引き換えに10億円の現金を創業者に払うことになります。

さてこの10億円、どこから出てくるでしょうか。資産管理会社は、創業者やその家族を株主にして最低限の資本金で設立したばかりです。したがって、10億円もの大金を持っている訳がありません。

創業者が別途多額の現金を持っているなら、資産管理会社に出資するなり貸し付けるなりすればよいですが、そんな現金など持っていないからこそ、こうやって資産管理会社を使った複雑なスキームを考えている訳です。

 

銀行からの借金が現実的

この資金を調達するもっとも単純な方法は、銀行借入です。資産管理会社が直接借入れるやり方(パターンA)、もしくは創業者が個人で借入れるやり方(パターンB)がありますが、いずれも銀行から短期間(数日間など)だけ借入れします。譲渡対象の株式や他の不動産などを担保に入れるケースもありますが、懇意にしている銀行のプライベートバンキング部門であれば、スキームの全体像を理解してもらったうえで、無担保融資を受けることも可能な場合もあります。

 

パターンAの場合には、①資産管理会社が銀行から借入れ、②株式の売買を実行、③資産管理会社が創業者に対して株式の対価を支払い、④それを創業者が資産管理会社に貸付け、⑤そしてそれを資産管理会社が銀行に返済、という流れです。

また、パターンBの場合には、①創業者が銀行から借入れ、②それを創業者が資産管理会社に貸付け、③株式の売買を実行、④資産管理会社が創業者に対して株式の対価を支払い、⑤それを創業者が銀行に返済、という流れです。

いずれの場合にも、創業者から資産管理会社への貸付金は残ります。

売却益にかかる納税資金も用意する

これで一件落着と思いきや、売却に際して生ずる売却益には税金がかかることを忘れてはなりません。

売却益は、売却価額(つまり売却時の時価)から取得価額(つまり当初の出資額)を差し引いた金額です。10億円の株式の取得価額が仮に5%(5千万円)とするなら、売却益は9億5千万円です。ちなみに、この5%というのは、正確な取得価額集計に代えて採用できる算定方法なので、厳密に計算した場合との比較で、有利な方(取得価額が高くなる方)を選択すればよいでしょう。

 

売却益9億5千万円にかかる税金は、分離課税の税率20.315%の約1億9,300万円です。配当所得とは異なり、譲渡所得については3%以上の大口株主であっても分離課税です。

とはいえ、2億円近くもの現金は持っていませんよね。実際の納税はその年の確定申告の後ですので翌年の4月ですが、それまでにどう工面すればよいのでしょうか。

やはりこれも銀行から借りるしかないですね。つまり、先ほど銀行から10億円を借りた訳ですが、売買実行後に全額ではなく、納税資金の2億円を手元に残し(借りたままにし)、残額の8億円を返済するのです。

 

借りた金は返す

やれやれ、ふたたび一件落着かと思いきや、借りた金は返さなくてはいけませんね。利息も馬鹿になりません。

返済原資としてまず考えられるのは自社株の配当金です。株主としての名義が資産管理会社に移りますので、会社からの配当金も資産管理会社が受け取ります。せっかく受け取った配当金を返済に回すのはちょっと虚しい気もしますが、最も確実な方法です。ただし、配当は全ての普通株主に平等に支払う必要がありますので、むやみに多額の分配をするわけにはいきません。

配当金では返済に足りない、あるいは新興市場上場なのでまだ無配といったような場合では、他の方法の併用を検討する必要があります。

 

投資不動産を利用しよう

その場合には、資産管理会社において資産運用を検討しましょう。

よく行われるのが不動産投資です。マンションでも商業地でもリゾートホテルでも何でもいいのですが、取得した不動産を賃貸することで得られる賃料収入を借入れの返済に充てるスキームです。

不動産を買うおカネなんてないよ!と思うかもしれませんが、これも銀行借入です。取得する不動産もしくは保有している自社株を担保にしてお金を借りるんです。株式を担保とする場合は価格変動があるので、時価の半分程度までの借入れにとどめておくことをお勧めしますが、数億円も調達できれば良い物件は見つけられるはずです。5%程度の利回りが見込めれば、直接の借入れの返済と、当初の納税資金の借入れの返済には十分足りるでしょう。

なんか借金まみれですかね。でも現実はこうなんです。現金を持たないお金持ちって、こうやって現金を工面するしかないんですね。